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2006年4月26日 (水)

革命いまだ成らず?

    今日は新宿へ。コマ劇前の新宿東急で 「Vフォー・ヴェンデッタ」を見てきた。 mo4091.jpg

    脚色を担当したウォシャウスキー兄弟(姉弟?  詳細は町山智浩氏のブログを)をはじめ「マトリックス」 のスタッフが再集結。英、独資本で昨夏に公開予定だったが、同時期にロンドン・テロが発生。 テロリストを賛美する内容のため公開が延期されたいわくつきの映画だ。

    先週のニューズウィーク日本版でボロクソに叩かれていたので期待半分で見に行ったのだが、これが「期待半分」に違わぬデキ。 原作のコミックが80年代に描かれたもので(独裁者の名前はサッチャー+ヒトラーでサトラー。語り口はブッシュそっくり)、 舞台はロンドンだけにマトリックスよりはすんなり物語の淵に入り込めたが、飛び込んでみたら存外底が浅かったというか。

    プロットはマトリックスとほぼ変わらない。人を支配するシステム (Vでは独裁体制による恐怖政治)があり、異分子が(ここではVがモーフィアスよろしく)仲間を集めて革命を試みるというものだ。 原作モノだけにキャラクターの魅力は秀逸だし、ディテールへのこだわりはマト同様。大学のときに見たマト1stには結構衝撃を受けただけに、 「V」の収まりの悪さは何なんだろうと思いながらラストの爆破シーンまで見終わってようやく気付いた気がした。

    あまりにワンパターンかつステレオタイプなんだと思う。 革命や体制変革といったものを単純な勧善懲悪の枠にはめると途端にウソっぽくなるからだ。属人的な独裁よる全体主義国家は、 それのみとして捉えれば、悪には違いない。でもそこに至る過程は民主的だったはず。そのプロセスが描かれてないためか、終盤の一般市民が 〝目覚め〟るシークエンスも説明不足で、単なる「仮面オフ会」としか感じられなかった。

    例えば「スターウォーズ」におけるパルパティーン(皇帝) の台頭はきっちり説明がなされていた。彼の登極は、腐敗した共和国の官僚制度撤廃という善なる目的のため、 そして元老院というまさに民主的な手段をもって行われたものだった。 いつの時代も独裁を生むのは民衆の総意であるという皮肉が見事に描かれていたと思う。

M46 「マトリックス」 でいえば印象に残っているモーフィアスの言葉がある。「まるで現実のような夢を見たことがあるか?  もしその夢が醒めないとしたら、お前はどうやって夢と現実を区別できる?」(微妙に違ってる気も)というやつだ。 ネオは赤いカプセルを飲んで荒廃した現実世界で目覚めることを選び、マトリックスから抜け出したことを後悔しているサイファーは、 彼にとって実りや幸福の感じられない現実世界に見切りをつけ、永遠に醒めない夢(マトリックス)を選んだ。

    わたしが「マトリックス」 シリーズを通じて一番印象深いキャラクターが実はこのサイファーである。ヤなことは見たくない。だったら夢の中で安逸をむさぼることを選ぶ。 この生き様が現実から目を背ける自分自身を鏡で見ているようだったからだ。

けれど映画とは違ってわたしが生きるこの世界は現実世界そのもの。 プログラムではない以上自らが拠って立つこの土台が崩れてしまう可能性だってある。ならばわたしは赤いカプセルを飲んで「目覚め」 るしかないのでは…などとマジに考えさせらた。

    「V…」 には映像表現も含めて見る側を瞠目させるような新しい要素は皆無だった。 現実のパロディーとしてああいう脚本を書いたのもしれないけどパロディーにしては品がないもの。

    といったようなことを考えながら前述の町山氏のブログを読んでいたら「V…」の脚本は「マトリックス」以前に完成していたことを知って納得。 これを踏み台にしてあのアイディアが湧いてきたと思うとしっくりきたのだった。

  

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