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2006年3月29日 (水)

愛すべきB級映画たち

L_img_01_1今日は新宿で少し暇ができたのでたまたま割りチケを持っていた松竹へ。一番待ち時間が少なくて済む 「サウンドオブサンダー」を見てきた。
以下
公式ブログにあった惹き文句を引用。

西暦2055年。人類の長年の夢・タイムトラベルが可能になった時代。 シカゴにある大手旅行代理店タイム・サファリ社では、6500万年前にタイムトラベルし、 恐竜狩りを楽しむという画期的なツアーが人気を集めていた。しかし、人々はまだ気づいていなかった。過去への旅が、 恐ろしい危険をはらんでいることを・・・

余りに稚拙なCGと実写の合成(女優が足踏みしているのがバレバレ)や、破壊シーン (ミニチュア。日本の戦隊ものみたい)に激萎え。製作者こそ過去に戻って映画を作り直せよ。とか思ってイライラしながら見ていた。

ところが中盤以降、 過去を変えたことで生物の進化に変化が生じたあたりから俄然面白くなってきた。何せカブトムシが大量発生して人を殺したり、 爬虫類と霊長類が交じったような獰猛な生物が「ジュラシックパーク」のヴェロキラプトルばりに人を襲ってきたり、 FFに出てきそうな水棲モンスターが突然出現したり…。

わたしはゾンビ映画が大好き(ちなみに今使ってるPCの壁紙はこんなだったりする) なだけにこれにははまった。後半はシリアスな展開になればなるほど、チープさとの落差が際立ち、笑いをこらえきれず吹き出し連発。 隣のオジサンに睨まれてしまった。

M030431a_4 ハリウッドはたまにこういうトンデモ映画を作ってくる。最近でいえばわたしが覚えているのは 「コア」 だ。こちらは地震兵器の実験により地球の核の運動が停止し、次々と異常現象が発生。核の運動を再開させるために地中へドリルマシンで潜る… という作品。

高温高圧をナメ切った余りに非科学的な設定だけに、ボロクソにけなす向きも多いようだが、 わたしは結構楽しめた。方向感覚の狂ったトラファルガー広場の鳩がボタボタ落ちてくるシーンは迫力があったし、編集のテンポも良かったもの。

この映画にはなぜかあのヒラリー・スワンクも出演している。ミリオンダラーベイビーの前年。 まだ作品を選べる段階ではなかったのかな。「サウンドオブ…」のベン・ キングスレーもそうだけどこういうB級作品に出る名優を見るのも面白い。

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2006年3月28日 (火)

司法権力暴走中

オウムの麻原被告の公判打ち切りが決定した。以下引用。

地下鉄、松本両サリンや坂本堤弁護士一家殺害など13事件で殺人罪などに問われ、 1審で死刑判決を受けたオウム真理教(アーレフに改称)の松本智津夫(麻原彰晃)被告(51)について、東京高裁(須田賢(まさる) 裁判長)は27日、被告の訴訟能力を認めたうえで、控訴を棄却する決定を出した。 最高裁の統計がある78年以降、1審で死刑とされた被告の控訴審が、棄却決定されるのは初めて。事件の首謀者とされる被告に対し、 高裁で一度も公判を開かずに死刑判決が確定するという異例の事態となる見通しとなった。(毎日新聞) - 3月27日21時31分更新

わたしは法律に関しては門外漢だが、以前のエントリでも書いたように今回の件でより注目すべきは、 弁護士の訴訟戦術がどうとかくだらないことではなく、訴訟能力の有無を判断する精神鑑定の正当性だったのではと感じている。

鑑定医師を担当判事が任意に指名でき、しかもその鑑定は密室での1対1。 この結果が公式なものとしてオーソライズされるというのはやはり不当だろう。

指名した医師が、判事にとって都合のいい鑑定結果を出す〝御用〟医師でない保障がどこにある?  しかも今回の件では、この須田とかいう男は、拘置所の被告人に会いに行くという禁じ手まで使って、 「弁護側が独自に出した鑑定は認められない、こっちの鑑定のほうが正しいもんね~」と言っているわけだ。

いわゆる責任能力の有無についてはどういったプロセスで認定するのかわからないが、 普通に考えればオープンな環境での鑑定、それも複数の医師の見解から総合的に判断すべきものだと思うんだけど。

テレビは見てないが、昨日あたりは西澤某のニュースで霞んでしまったのだろうか。社説は各社 「妥当な判断」との見解がほとんどでがっくし。続いてブログ検索でざっと見たところこちらは総じて「ざまあみろ」的な言説が…。 中にはこんなものまであった。

これ以上、真実が詳らかになる事もなさそうだから、被害者・ 遺族に区切りをつけてもらうためにもとっとと吊っちゃえ。税金のムダだ。

こういった人たちが裁判員に選ばれでもしたらと思うと空恐ろしくなる。 裁判員制度は冤罪を大量生産するのではと危惧してしまう。 というかこういった人たちは自分の身に降りかかる場合のことに考えが及ばないのだろうか。

今回の強引な控訴棄却は裁判員制度導入を間近に控えた裁判所が「迅速化」 という強迫観念に駆られた結果、麻原裁判をシンボリックに利用しようとしたのでは、と邪推したくもなる。もしそうだとすれば、 その思惑は見事に成功しようとしている。

 

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2006年3月18日 (土)

WBCとナショナリズム

20060318000018131_1 さてWBCである。 おそらく広告にカネをかけなかったであろうことを考えれば予想外の大盛り上がり。そして二度の日韓戦を終えた後は恒例? のバッシングが始まった。
スポナビからリンクしていた室井昌也さんの「
コリアな気持ち」で例の横断幕についてのエントリがあった。

だが、選手以外の国民がスポーツを観る目線は決して成熟していない。きょうもスタンドに 「??? ???(竹島はわが領土)」というボードを持った観客が何ヶ所かで見られた。スポーツと政治を区別できないとは情けない。 選手が高めた韓国の地位を、観客が下げている。

まあ予想できた事態ではあった。 これまで本格的な国際試合がなかった野球では免疫がなかっただろうが、サッカーなんかを見ているものにとっては当たり前の光景である。 韓国は02年のW杯、準決勝のドイツ戦では少し悪ノリし過ぎたのかハーケンクロイツ(鉤十字)を横断幕に描いていた。 これはやり過ぎとしても、人種差別の類はしょっちゅうある。国際試合、しかもこれだけ注目される大会であれば、 政治とは不可分ではいられない。

残念に思うのは通常であれば、例えば選手とか、 影響力のあるメディアあたりがこういう間違ったナショナリズムの発露を戒めるものだけれど、 わたしが知る限りではそういった動きが見られなかった。むしろ煽るような言説が多かったのではないか。 以下朝鮮日報からの引用である。

「日本選手の立場まで考える必要はないと思います。もし、 日本選手のことを思って行動していたとしたら、わざとそうやったように見えたかもしれませんね。 うちらが勝ったからうちらのお祝いをしたまでで、日本選手たちのことまで考えていられません」 

大極旗をマウンドに掲げたソ・ジェウン投手の言葉だ。普通は形の上だけでも相手を敬うもの。 それが影響力のあるスポーツ選手に当然課せられた責任だと思うんだけどな…。ちなみに朝鮮日報にはこんなほめ殺しみたいな記事もあった。 このネタを引っ張ったと思われるNFL.comの記事の結論は 「noting that a couple of big wins doesn't suddenly vault Korean baseball to the top of the Eastern food chain」でしごく冷静な見方をしているのに…。

都合のいいところだけ切り取って、 とりあえず盛り上げたろっていう大人気ない書き方はどっかの島国のマスコミと一緒。見ていて何か居心地が悪い。

20060317000035128_3 大人気ないといえば、 韓国メディアから文字通り袋叩きに合っているのがイチロー選手だ。 人一倍プライドの高いイチロー選手だけに負けた瞬間のピー言葉はともかくとして、記者会見での「不愉快ですね」はどうだったのか。 「向こう30年は日本に勝てないと思わせたい」という挑発的な発言も曲解されて仕方ないコメントだったと思う。 どういう背景でこういうコメントが出るのか良く分からないが、これでいわゆる嫌韓厨には英雄視されるのかな…。 そんなことを思いながらニュースサイトを見ていたら、ふとこんなソウル市民の声が紹介されていた。

会議室でテレビを視聴したチョン・ジンソクさん(30/ベンチャー企業職員)は、 「李鍾範選手が安打を放ったとき、社員全員が手をたたいて大騒ぎした」とし、「特に、イチローを『イプチリョ』(軽口の治療という意) と呼んだり、『30年間泣いてもらう』と皮肉ったりして、喜んだ」と述べた。

なんかどっちもどっちだな…。

  

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2006年3月15日 (水)

裁判員制度と少年犯罪厳罰化

Catch_main_1 09年の春までに裁判員制度が始まることになっている。最高裁は13億円、 日弁連も3億円の広報予算を組んで周知に努めているようだが認知度はきわめて低い。 その制度変更がもたらすであろう影響の大きさを考えればちょっと異常な事態という気がする。

裁判員制度については本山の法務省最高裁の特設サイトを見ると分かりやすいし、 制度上の問題点については高野善通さんのブログにおいてクリティカルに指摘されている。 ど素人のわたしにも非常に理解しやすかった。

なぜこんなことを書いているかというと、今日こんなニュースがあったから。以下引用。

最高裁の司法研修所は15日、 市民と裁判官を対象に実施した量刑意識に関するアンケート結果を発表、両者に大きな隔たりがあることが明らかになった。(中略) 殺人事件を素材とし、39の量刑ポイントについて意見を聞いたところ、違いがはっきり分かれたのは少年事件。裁判官は「軽くする」 が90%を超え「重く」はゼロだったが、市民は約半数が「どちらでもない」を、25・4%もの人が「重く」を選択した。 将来の更生のため刑を軽くするなどの配慮がある少年法を前提とした「裁判官の常識」が通用しないことが浮き彫りになった。(共同通信) - 3月15日17時23分更新

これを見て椅子から転げ落ちそうになった。読み間違ったかと思って見直したくらいだ。
まず「軽くする」じゃなかった裁判官が全体の10%近くもいるということ。こいつらの氏名を公開してほしい。 でなければ公の場に出てどういう論理でそう思うのか語るべきだろう。 その裁判官により少年審判を受ける側にとってはたまったものではあるまい。

次に市民側。4人に一人が成人より刑を重くすべきだと考えているのだそうだ。 ここにこのアンケートについての報道があるがこれでは良く分からない。 どういう質問の仕方をしたのか。そしてその集計方法についても詳細に知りたいと思った。如何に扇情的な報道が氾濫する昨今とはいえ、 この結果はわたしにはにわかに信じられなかったからだ。

テクノラティで検索してみた。「大澤唱二の気まぐれ日記」 さんがこのトピックについて語っておられ、わが意を得た思いだった。(ちなみにこれが初トラックバック。ややテンパる)

刑を重くする前に、 犯罪を犯すにいたってしまった少年の心の問題を明らかにして、ケアをすることが重要ではないでしょうか。さらに、 子どもたちが心に問題を抱え込んでしまわないような、健全な社会を作っていくべきではないでしょうか。 子どもはどうしても親や大人からの影響を受けやすいですから、前回のエントリーでも書いたような、 毎年3万人以上の人が自殺するような病んだ社会をどうにかすることが、 少年犯罪を減らすことにもつながっているような気がします。

 

以前知り合いのオランダ人と日本の対外援助について話していたところ「お前の国は年間3万人が自殺してるんだろ。 内乱状態じゃないか。自分の国をまず何とかすべきだろう」と言われ、ぐうの音も出なかった。 自殺願望者はこの何倍いるのか想像もつかない。経済状態ももちろんあるのだろうが、 わたしは日本人の精神構造や家族や地域などの周辺環境が変化し、 以前より容易に自死への道を選びやすくなってしまったのではなどと勝手に思っている。

なんか昨日に続きまたブルーな気分だ。

 

 

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2006年3月14日 (火)

「白バラの祈り」と「男たちの大和」

Mo3988_2 久しぶりにシャンテシネへ行ってきた。 「白バラの祈り―ゾフィー・ショル、最期の日々」を見るためである。平日の昼間というせいもあったろうか。 7割ほどの入りだったが年齢層が思いっ切り高かった。

舞台は第二次大戦終戦間際のミュンヘン。反戦、反ナチ活動をしていた学生たちが捕らえられ、 わずか5日後に処刑されるまでを描く。兄とともにギロチンにかけられたゾフィー・ショルはまだ21歳だった。 90年代に入って新たに発見された供述調書をもとに再現された、ゾフィーとベテラン尋問官との対決がこの映画のハイライトだ。

映画の引き文句は「世界中の観客がすすり泣いた感動の実話」。隣の若い女性も、 その前のオバちゃんも終盤には耐えられない様子でハンカチを取り出していた。わたしは映画後半の何か乗り移ったようなゾフィー=ユリア・ イェンチの演技に圧倒されてに涙を流す余裕すら与えてもらえなかった。

役作りについては公式の彼女のインタビューで納得がいく。 プロテスタントだったゾフィーの宗教観を反映させたかったようだ。 このサイトではローテムント監督のインタビューも動画で見ることができるが、わたしがもっとも印象に残ったのがこの言葉だった。

(1968年生まれの)わたしはナチスの戦争犯罪に責任は全く感じていない。 ホロコーストやユダヤ人に対しても私自身の責任は感じていない。その一方でこうした殺戮により多くの人が犠牲になったことを、 自分たちの世代が次の世代に残す大きな責任があると思っている。

自虐でも排外的な偏狭ナショナリズムでもないバランスの取れた真っ当な考え方だと思う。 昨年シネマライズで「ヒトラー最後の12日間」(原題The Downfall)を見た後も感じたが、 ドイツ人というのは本当に真摯に自己と向き合う国民だ。翻って我がニッポンは「男たちの大和」だもんな…。別に「大和」 が悪いというのではない。「大和」〝だけ〟というのが問題なのだと思う。

太平洋戦争を直接的に体験した人たちが日を追うごとに少なくなっている今、 わたしたちは次の世代にあの時代について伝えられているだろうか。というか既にその記憶は断絶してしまっているのではないか。

現に自衛隊官舎に反戦ビラ撒いたくらいで身柄を取られ、挙句に有罪判決を食らうような言論弾圧がまかり通っているし、 住民投票で基地移転の反対意見が大勢を占めても、法的拘束力がなければ関係ないとばかりに、国家元首がうそぶく国だ。 大手メディアをはじめとするこの国の表現者たちはどんどん権力に対する批判能力を失っているのではないか。 そんなことを考えながら丸の内仲通りを歩いていたら一層寒さが身に応えた。

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2006年3月11日 (土)

「スティーヴィー」に見る米国社会の現実

Mo4033_2 四ツ谷でヤボ用があったので、 ついでに東中野へ寄ってきた。先週の金曜の夜だったかNHKーBSの海外ニュース番組で放映された映画監督スティーヴ・ ジェイムスのインタヴューを聞いて、ぜひスクリーンでと思っていた「スティーヴィー」を見るためである。

「下流社会」という言葉が流行っているが、 このドキュメンタリーで描かれる現実はそんな生易しいものではない。

〝ホワイトトラッシュ〟の現実

私生児として生まれたスティーヴィーは幼児期に母親から繰り返し虐待を受け、 挙句に母親の再婚相手の母(血縁関係のない祖母)へ預けられる。入所した養護施設でも性的アビューズを受け、彼の心はすさんでいく一方だ。 成人してからはトレーラーハウスを住処とし、生活保護で暮らす不安定な毎日。 イリノイ州の片田舎で定職にも付かず窃盗や障害沙汰をたびたび起こしていた。

ジェイムス監督はスティーヴィが10代前半のころ素行不良少年のアシストをするボランティアとして面倒を見ており、 兄貴分の存在だった。フィルムメーカーとして名を知られるようになった監督はドキュメンタリーを撮るために10年ぶりに彼と再会する。 だが撮影の途上、スティーヴィーは従妹に対するレイプ(未遂?)事件を起こしてしまう…。

1000785_02_6 この映画で監督はスティーヴィーという人間を淡々と描写し続ける。 そこにいるのは少女にいたずらをした憎むべき性犯罪者ではない。行為障害の傾向はあるものの、コミカルな魅力にあふれ、 釣りをこよなく愛し、そしてトーニャという婚約者のいる愛すべき男である。

けれど彼は怪物になった。いや、ならざるをえなかったという方が正しいのか。 劇中繰り返し使われる象徴的な言葉がある。「abandon」。スティーヴィーは母に見捨てられ、周囲に見捨てられ、 本来善意であるはずの福祉システムにまで見捨てられた。その絶望からだろうか。 裁判では起訴事実を認めることにより罪の軽減をはかる司法取引を頑なに拒否し続ける。彼は結局自分自身すら見捨ててしまった。

矯正は可能なのか

映画のラスト、収監されたスティーヴィーは面会に来た母とついに和解し、 涙ながらに抱擁を交わす。感動的なシーンで映画はフィナーレを迎えるが、わたしは今後に思いを馳せずにはいられなかった。 彼にはこれから10年に及ぶ刑期が待ち構えている。そして刑期を終えても性犯罪者として個人情報は警察に保管されるし、 ウェブ上で住所と名前は一般に公開されることになる。奈良の事件でも話題になったメーガン法だ。出所しても彼の絶望的な状況は変わらない。 すでに退路は断たれているのだ。矯正とな何か。重大な疑問を投げかけられたように感じた。

 

 

メーガン法(ミーガン法)についてはここに詳しく載っていました。ちょっと目から鱗でした。

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2006年3月 7日 (火)

意外な功労者

ブログを始めて3週間ほど過ぎた。 いつもであればとっくに飽きがくるパターンだが意外と続いてしまっている。

ココログにしたのは以前書いたように加藤ローサ嬢の公式blogがあるからだが、 実際使ってみておもしろかったのがアクセス解析。どの記事に、どの経路から、いつアクセスがあったかが一目瞭然だ。

ちなみに経路別ではテクノラティで〝荒川静香〟と検索してくれた方が多く、 もっともアクセス頂いた記事も当然ながら女子フィギュア関連のエントリだった。 チェックできるのは過去2週分のためはっきりしないがおそらくこの記事だと思う。

だからというわけでもないが今回もオリンピック、フィギュアについて少々書いてみたい。

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2006年3月 2日 (木)

司法権力暴走警報発令中

オリンピックにわたしも含めた世間の空気が浮かれた16日間が終わった。
昨日書いたようにトリノ五輪の平均視聴率は低かったのだけれど、 地上波の放送時間は過去最長。新聞各紙も読売をはじめそれなりの分量を割いていたように思う。

刑事被告人の訴訟能力

ところでこうしたビッグイベントが無ければもう少し扱いが大きくなったであろう出来事も、 この期間内にいくつか起こっている。そのなかでわたしが特に注目したのがオウム真理教・麻原彰晃被告の訴訟能力の有無をめぐる問題だ。

地下鉄、 松本両サリンなど13事件で殺人罪などに問われたオウム真理教の松本智津夫被告について、東京高裁の依頼を受けた精神科医は20日 「訴訟をする能力を失ってはいない」との精神鑑定結果を提出した。訴訟能力に疑問を持つ弁護団は、 拒否を続けていた控訴趣意書の提出を余儀なくされるとみられる。                  (毎日新聞) - 2月20日19時39分更新

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