« 意外な功労者 | トップページ | 「白バラの祈り」と「男たちの大和」 »

2006年3月11日 (土)

「スティーヴィー」に見る米国社会の現実

Mo4033_2 四ツ谷でヤボ用があったので、 ついでに東中野へ寄ってきた。先週の金曜の夜だったかNHKーBSの海外ニュース番組で放映された映画監督スティーヴ・ ジェイムスのインタヴューを聞いて、ぜひスクリーンでと思っていた「スティーヴィー」を見るためである。

「下流社会」という言葉が流行っているが、 このドキュメンタリーで描かれる現実はそんな生易しいものではない。

〝ホワイトトラッシュ〟の現実

私生児として生まれたスティーヴィーは幼児期に母親から繰り返し虐待を受け、 挙句に母親の再婚相手の母(血縁関係のない祖母)へ預けられる。入所した養護施設でも性的アビューズを受け、彼の心はすさんでいく一方だ。 成人してからはトレーラーハウスを住処とし、生活保護で暮らす不安定な毎日。 イリノイ州の片田舎で定職にも付かず窃盗や障害沙汰をたびたび起こしていた。

ジェイムス監督はスティーヴィが10代前半のころ素行不良少年のアシストをするボランティアとして面倒を見ており、 兄貴分の存在だった。フィルムメーカーとして名を知られるようになった監督はドキュメンタリーを撮るために10年ぶりに彼と再会する。 だが撮影の途上、スティーヴィーは従妹に対するレイプ(未遂?)事件を起こしてしまう…。

1000785_02_6 この映画で監督はスティーヴィーという人間を淡々と描写し続ける。 そこにいるのは少女にいたずらをした憎むべき性犯罪者ではない。行為障害の傾向はあるものの、コミカルな魅力にあふれ、 釣りをこよなく愛し、そしてトーニャという婚約者のいる愛すべき男である。

けれど彼は怪物になった。いや、ならざるをえなかったという方が正しいのか。 劇中繰り返し使われる象徴的な言葉がある。「abandon」。スティーヴィーは母に見捨てられ、周囲に見捨てられ、 本来善意であるはずの福祉システムにまで見捨てられた。その絶望からだろうか。 裁判では起訴事実を認めることにより罪の軽減をはかる司法取引を頑なに拒否し続ける。彼は結局自分自身すら見捨ててしまった。

矯正は可能なのか

映画のラスト、収監されたスティーヴィーは面会に来た母とついに和解し、 涙ながらに抱擁を交わす。感動的なシーンで映画はフィナーレを迎えるが、わたしは今後に思いを馳せずにはいられなかった。 彼にはこれから10年に及ぶ刑期が待ち構えている。そして刑期を終えても性犯罪者として個人情報は警察に保管されるし、 ウェブ上で住所と名前は一般に公開されることになる。奈良の事件でも話題になったメーガン法だ。出所しても彼の絶望的な状況は変わらない。 すでに退路は断たれているのだ。矯正とな何か。重大な疑問を投げかけられたように感じた。

 

 

メーガン法(ミーガン法)についてはここに詳しく載っていました。ちょっと目から鱗でした。

|

« 意外な功労者 | トップページ | 「白バラの祈り」と「男たちの大和」 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/45759/943221

この記事へのトラックバック一覧です: 「スティーヴィー」に見る米国社会の現実:

» おすすめ映画 [共通テーマ]
何かおすすめする映画とかあったら語ってください。 感動もの、笑える映画、なんでもどうぞ。 [続きを読む]

受信: 2006年3月25日 (土) 15時10分

» スティーヴィー [銀の森のゴブリン]
アメリカ 2002年 2006年4月公開 145分 評価:★★★★★ 原題STE [続きを読む]

受信: 2006年11月 9日 (木) 01時24分

« 意外な功労者 | トップページ | 「白バラの祈り」と「男たちの大和」 »